スーパーノヴァ

(ワールズエンド)

大学はこわいところ

 

おんなじ思想を持つ人が集まるところはこわいところです。

ぜんぜん大学へ行かなかったら、今までの私はまるでもういなかったかのように、同じ人間のはずなのに今はもうぜんぜん違う頭とスタンスを持って、大学へ行くまでの公園を胸を張って歩いていくことができる。

すれ違う人の顔を覗き込みは、さすがにしないけど、べつになんてことなくお互いの顔を見合って見合って、何も言わずに通り過ぎることが、今ではもうできるのだ。それが知ってる人であっても、もう今の私には知らない人かも?

 

ひさしぶりに自分で音楽をやっていたら、頭の中で考えてたのとはまるで違ったのでおどろいた。大学のみんなのイメージも、自分の中で語っているみんなとは、顔は一緒だけど全然違って、わたしの頭だけがやはりのびのびぶよぶよになった時間の中においてけぼりにされていたことを自覚しなければならなかった。

 

今はそれなりにしゃんとしているわたしだけど、大学が始まったらまた水のように、影のように誰かのそばについて沿わせていくことに快感を覚え運命だなどと思って納得してしまうような、反吐がでそうな自分にまたなってしまうのだろうかなどと考えて、去年もそうだったからなあなどとぼうっと振り返りしている。

前期の自分はいやな自分だったなあなどと考えている。

 

音楽について頭の片隅にずっとおいて、ひまがあるともてあそんだりくるくる回してみたりして考えていた。音楽が自分の中でほんとうに大事なものになる日をわたしは心待ちにしていたけど、もしかしたらそんな日はこないのかもなあなどともう諦めがちである。

この夏の目標は『自分の大事なものをさがす、人生これ抱えて生きてくぞっていうのをみつけてみる』だったはずなんだけど、ハウルが「ようやく守りたいものができた」っていってて、そうだよなあ探すってなんか、変だよなあって思っちゃったら、夏が終わってしまったよ。

 

おとなたちが「あなたにとって音楽とは?」とかきいてくるからさ、こっちはそれを幻聴のようにきいて地面をなめまわすようにみつめて探してしないといけない気がしてきちゃう。そんなのばかだなって思う人もいると思うよ、でも自分は反射的にそれをしてしまう、ふとしたふるまいに嫌悪感を引きずりながら、生きてるのか死んでるのかみたいな目をしてずっと「生きがい」の4文字を呪いのことばみたいにはりつけられてこの世の中を徘徊することしかできないゾンビみたいなやつ。

 

最近できるようになったこと、半クラッチ、円の方程式、炎色反応を覚えること、英単語、あたらしくいきものがかりの歌を覚えた。中学時代の友達をよく思い出す。けいおんの映画をみて泣いた。

 

このふらふらの脳みそをどうにかつかまえて、あなたはそんな人じゃないって大声でいってやらなくちゃいけないのに、あんたは他のみんなとは違うぞっていってやらなくちゃいけないのに、全然できないままでまた車輪が回りだして、いろんなものがそのままになったままで終わってしまいそうになる。

 

あいかわらず人からもらった言葉を一番大事にしてるんだもん、それがだめだよね。

 

 

 

 


ああもうみんな夏の風にのって、涼しげな顔でたたっと先へ行ってしまわれるのね(こんなにも暑いのに)


わたくしはようやく誰かのゾンビでいることににもう、飽き飽きしはじめたのです


(スーパーノヴァの足音が聞こえる)

勤労と感謝

 

いつの日か理想や夢や幻想とお別れしなくちゃならないとしたら

きっとそれは今なんだって思えるくらい、最近はおそろしい速さで日が昇ったり沈んだりしていく

 

みんなができること、やらなくちゃならないこと、人に従うこと、タスク

今まで一番嫌いだったものも、がんばってやれば、反対の自分も今よりずっとちゃんと、生きはじめるかなあ

 

ほんとうの生きている意味を一生懸命探すために、あの時なりたかった自分を取り戻すために、大事なものを見つけて、そして守るために

 

似合わない言葉さえも携えて、そろそろいかなくちゃならないのかなあ

 

https://youtu.be/PuvkhhtPWqY

 

閑話

 

うちのばあちゃんの家のトイレってのは、もと離れだったのを後から母屋とくっつけたもんだから、ダイニングから割と離れてる上に仏間の隣を通らなくっちゃあならない。そうなるともう、幽霊が出るかもなんていうのは思わずにはいられないんだな。

 

トイレには扉が二つあって、奥側が引き戸なんだが、それをどの程度閉めるどうかというのが、いつも最大にして重要の問題なんだ。

ちょっと開けとくと、ついてきた幽霊が手をかけるかもしれない、手がかかるのを見るのは恐ろしい、そんな隙間を開けとくのはやめようって考える。でも完全に閉めたとすると今度はどうだ、突然ガラッと開けられた時、どうすりゃいいんだ?前触れもなく、防御体制もなく。それに、完全に閉めちまうと、開けられるかもしれないっていうその悪い想像と常に葛藤してなくちゃならない。じゃあちょっと開けとこうかってなるわけなんだ。

 

突然なんでこんな話をしたかっていいたいんだな。いや、いいんだ、自分のいろんなちょっとした迷いというか、考えごとにちょっと似てるような気がしたからさ。

 

 

一本道の帰り道

 

駅から降りて家につくまでの15分間の帰り道は、頭をからっぽにして歩いていくそれだけのための時間だ。

夜の一歩手前の空は、きのうきていたシャツの色に似ていた。

いくつか星が見える、それらの星は、ほんとうに物理的には、手が届くんだよなあなどと考えながら歩く。わたしと星との間にさえぎるものがなにもないのでひかっているのがここからでもみえるのだから、心からのぞめばいいのかもしれないなどと考えている。

一本向こうのマンションの玄関から、ただいまぁという声が聞こえて、お母さんの帰宅を知る。まどのひとつひとつの中に、世界があることを想像する。

近頃かぜがよく吹いたので盛況だった軒先の風鈴は、今日はしずかにしている日なのだとか。

自転車に乗った高校生とすれ違う。すれ違うとき、おたがいすこしずつ相手を見て、すぐにみなかったふりをしてしまう。

ぼうっと歩いていると、ねこにつまづきそうになっていたのに、気づかなかった。とっさにごめんごめんと謝る。ねこはめんどうなものを見るような目つきで向かいのマンホールの上に寝そべった。金属だから多分あったまっている、(おそらく彼の)ベットなんだろう。

家につくと、母がごはんを作って待っている。背中が小さくなっているのをふとみつけて心がきしむけど、それも今はみないふり。妹が予備校を休み続けているらしい。

 

思い通りにならないことばかりだし、うまくいかないことばかりだし、いつも終わったことを後悔するばかりなのはここ3年間かわっていないけど、今はなんとか、これで、少しづつやっていこうと思っている。