ルンルンきぶん

言葉の練習帳

お風呂ご飯布団

好きなものの話でもしよう。

 

タイトルにもあるとおりである。お風呂、ご飯、布団。これさえあれば生きていける。否、これらがあるから生きている、と言ってもいいだろう。

小説があればなおのこと良し、音楽があれば至福。

 

 

自分がこれらを享受するのはもちろんであるが、それらの気配というのもまた、いいものだ。

帰宅道中、私は住宅街をおよそ15分歩く。家一軒一軒に明かりが灯っている。その裏には実に様々な表情の方々がおられるのだ。それを考えると大層におもしろい。

 

夜になりたての時刻であると、夕ごはんの豊かな香りをあじわうことができる。個人的好みを申し上げるならば、砂糖醤油みりん酒、このパーフェクトカルテットの香りが通りに流れているのがをかし、である。

間もなくそれぞれの家で夕食がはじまるのだと思う、決してのぞくことのできない世界を脳内で描き(それは幸せな家族であったり、あるいは相方の帰宅を待つ人であったり、はたまたひとりで何かを思いながら耐える夕食であったりするのだろう)ひとり楽しむ。そして、これから自分がゆくあの家を思い浮かべる、またそれもいい気持ちであったり後ろ向きにずるずると帰ったりするのだが、ともかく帰る家があるのだ。

 

さて夜も更けた頃になると、お風呂の気配が自宅前の通りに流れる。それは、とろけそうな湿度と、湯そのものの香り、ほんのわずかに石鹸の香りも交じる。

安心感と、思わず口角の上がってしまうような幸福感、そして深い夜の闇にひとり取り残されたような若干の切なさもある。道でかぐお風呂の匂いほどいいものはない。

 

布団については言うまでもなく、また寝転がっているという姿勢についても相まって寝ているというのはとてもいい。普段の睡眠ももちろん悪くはない。休日、有限な時間を、あえて寝ることに費やす、やりすぎは自己嫌悪にさいなまれることになるが、この幸せを徐々に理解しつつある。できるだけ長く寝ていたい。たまにはいいのだ、たまには。たまには。

 

1日の終りを楽しみに、重力に完全に身を任せ、しばしの間むこう側の世界へ行く、それを頼りにしながらもしくは目標にしながら、今日も超絶破天荒不条理ワンダーランドを生きていこうと思うのである。